2009年7月 8日 (水)

小暑

 梅雨明けが近いのか、天気も不安定。突然の大粒の雨は、バイク乗りにとって嫌なもの。すぐに止んで、またぱらぱら。カッパからしみてきた雨が、下着まで染みると最悪。私は、いつもカッパに対する不満を持っています。8月7日の立秋までが暑中ということで、「暑中見舞」を出す時期なんですね。私には、暑中見舞いを出す習慣が全く身につきませんでした。これから、9月までの季節嫌いではありません。蝉の抜け殻を見つけました。

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2009年7月 1日 (水)

7月に入った

 7月というと夏がきたという感じですが、七夕というとなぜか雨の印象が強い。同時に、選挙で言うと参議院選挙という印象で、これは3年に1回必ずあるのだから、当然の印象ですね。政局というのは分かりにくいものなのですが、8月2日投票の総選挙にむけての大きな流れはつくられているようです。こんな真夏の総選挙なんてどうも記憶にない。

 政治に本格的に関心を持ち始初めて30年になるのですが、「恐慌の歴史」というのは、1825年イギリスに始まると言うことですが、1857年には世界恐慌に、今言われている80年前の1929年は世界大恐慌。自らの経験で言えば、1974年、1980年、1991年、2000年前後、そして今回の2008年以降となるわけですが、印象をたどってみると。

 1974年というのは中学1年ということですが、さすがに何も感じず平和な日々を送っていたという記憶しかありません。しかし、後から歴史を見れば、最後の春闘勝利の時ですよね。経済危機と政治危機が結びついて、国民もその動向を注目していたのでしょうか。共産党も伸びているし、革新自治体建設がすすんだ時期ですね。

 次に1980年ですが、学費値上げ反対の学生運動が盛り上がって、ストライキをやって高知市の中心部まで200人ぐらいがデモ行進やった記憶がある。確かに、生活に厳しさがあったし、周りの学生も生活や学資のためのアルバイトをやっていたと言う状況がありました。総選挙では、前年の秋に共産党が大躍進したのだけど、わずか半年で解散総選挙、確か衆参ダブル選挙で、山原さんは勝ったけど、全国では後退した記憶ですね。

 1991年は、まさしくバブルの崩壊と東欧・ソ連の崩壊で、政界も再編で混沌とした状況という印象。今までのようには行かないが、今のような息苦しさは感じなかった。しかし、若い人たちの受難の始まり。それから、非自民の細川多党連立政権ができるが、政治的にはオール与党化という印象。

 2000年前後の印象は閉塞感。政治が変わらない限りこれ以上生活は良くならないという印象。政治的には、1998年参議院選挙での共産党の大躍進への反動で、すざまじい反共宣伝ビラの記憶。

 2008年ここまでひどい世の中になったものだ。完全な政治的経済的行きづまりという印象。大きく言えば、恐慌も10年サイクルで起こりながら、経済的政治的危機を引き起こし、共産党に躍進のチャンスが訪れるが、そのときにどのような主体的な奮闘があるかどうかにかかっているのでしょう。様々条件ががあって、必ずしも波長が合っているとは言えませんが、アフガニスタン侵略とか、大韓航空機爆破とか、天安門事件とか、東欧・ソ連の崩壊とかそういうことがなくなった分、余分な力をさかなくていいですよね。

 

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2009年6月22日 (月)

だまし博士の話

 安斎育郎さんの「だまされない生き方」というお話を聞きました。「自分なりの人生の目標を見つけることができ、それを実現するために自分の能力を100%発揮して生き生きと取り組める状態」が人生の幸せだそうです。同じように平和について、戦争がない状態では30点、。「人間の能力を100%伸ばすことを妨害しているあらゆる暴力がない状態」と述べました。暴力にも①直接的暴力、②構造的暴力、③文化的暴力があるそうです。

 では不幸について。不幸の原因は、①社会的要因②個人的要因③偶発的要因が様々絡んでうまれるそうです。不幸になるのを霊のせいにしてしまうテレビの霊能番組を痛切に批判しておりました。

 私が印象に残ったのは、安斎さんが「1年間は3150万秒という認識は、安倍元首相が宙に浮いた5000万件年金問題を1年で解決すると言った瞬間この人はウソをついたと思った」と言ったところです。それにしても、人間はだまされやすくできているのですね。「そんなことができるなら、どうしてこうしないか」と考える理性は大事ですよね。

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2009年6月19日 (金)

どっと汗

 そろそろ半年で、記事を書く仕事にも慣れがと思うと、とんでもない間違いを起こし、どっと汗をかく。誤字や脱字は大変はずかしのと権威を失うので避けなければなりませんが、あれだけ見たのにあってしまうのです。さらに悪いのが、日付け、人の名前・肩書の間違い。この辺りになると、誤報と言われて平謝り。事実確認、原典確認を怠った結果です。

 直近告白懺悔。「カサブランカ」→「サカブランカ」、「今年」→「昨年」、「義母」→「叔母」(生きている人を亡くならせてしまいました)。

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2009年6月 9日 (火)

梅憲先生も

 梅原憲作先生の訃報を聞きました。

 最後に接したのは2月の末の頃、マンション建設を予定していたお城の北曲輪の土地を県教委の購入が決まり、「高知城郭の整備と保存を考える会」代表としてコメントの肩書の確認でご自宅へ電話を入れてお話しした事でした。心なしかいつもの声より力がないことに、心のひっかっかりをおぼえていました。

 梅原先生は何と言っても、高知空襲展で折り鶴を商店街に吊す平和七夕祭り、フランスの子ども達にアニメ映画「ピカドン」を送る運動だったり、ビキニ水爆被害調査や高校生の平和ゼミナール活動など、とにかく平和運動に取り組み、地道に記録に残す姿が思い浮かびます。話す前に「うーん」とうなずくのがクセで、「うーん坂本君、つくしへ飲みに行くかよ」など若いころ取り組みが終わった後、よく誘っていただき、激励を受けたものでした。おおらかな人柄で、誰からも「梅憲先生」と慕われていました。若いころ共に活動した大先輩がなくなるにつけ、寂しさを感じずにおれません。

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2009年6月 7日 (日)

視点

 面白いのは、視点。「社会部の記者」として、いろいろな社会運動を取材に追いかけるのだが、かつて自分が当事者として参加していたもの運動に取材対象として出くわすことになる。まずさが、よくわかる。ああ、こういう風に見えていたのか。こういう風に聞こえていたのか。あらかじめ、こういうことをやっておれば、もっとアピールできるのに、受け取ってもらえるのになどと考えてしまう。

 挨拶だとか、発言にしても、音響の使い方、目線の配り方、テンポにまで。結局、当事者は内容こそが気になる中心なんですが、表現の方法も大事なんですね。前も書きましたっけ。「一に勢い、二に立ち姿、三、四がなくて五に内容」。確信だとか、元気だとか、ものすごく大事ですね。かつて、友人に「あんたは語尾がはっきりしているところがいい」とか「一生懸命訴えている感じが出ていた」なんていわれたことがありますが、あれってほめ言葉だったんだななんて今頃思い出しました。

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2009年6月 5日 (金)

Nさんの激励

 Nさんが事務所に立ち寄ってくれました。電産でレードパージの経験をもつNさんを知ったのは、10年くらい前のこと、中小企業団体の事務局におられたころです。行きつけの飲み屋で会って、昔の話を良く聞きました。特に興味深かったのは、臨時職員として高知市役所に入り、当時の市役所を政治的な視野でみた話でした。

 「飲み屋で会いませんねえ」とあいさつすると「心臓の調子が悪く止められている」とのこと。民報は大変大事な役割を持っている、特に党と民主勢力の運動の記録を残すという意味では唯一の役割だから頑張って欲しいと激励を受けました。それから、あれこれの話ですが、戦争中の話から「上の言われるままのことでは多分命を落としていた。色々な事を経験をすることは大事であり、自分の頭で合理的に考え、自分で積極的に判断・決断することが生き延びること。何が幸いするかはあとになって分かる」とおっしゃってました。

 自分の親父に言われているみたいで、年を聞くと丁度親父と同学年と言うことが分かりました。

 

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2009年6月 3日 (水)

梅雨入りでしょうか

 昨日は、「明日か、あさって取材に行きたい」とアポを頼むと「明日から雨ぞ」と言われたので、そのままバイクで香美市香北に住まいの元県議Mさん宅を急遽訪問。暮らしぶりを伺ってきました。言われるとおりに行くとそのまま山道の終点のMさん宅に到着。周りの庭と畑はきれいに整備されていました。自然に囲まれて、療養しながら人間回復を図られているようでした。、「病気持ちのこの年で、周りからえい若いしがきたとかわいがられている。そりゃ、大正と昭和初期の人ばっかりじゃけんのう」といいながら、田舎独特の人間関係を楽しんでいるようでした。

 「30歳以降の人生で2回感情にまかせて怒ったことがあるが、反省している。そのうち1回がおまんじゃった」と言われましたが、まったく記憶にありません。どんなことだったのでしょう。予想通り、本日は雨。多分梅雨入りでしょう。

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2009年6月 1日 (月)

朝夕爽やか

 6月に入ったが、梅雨入り前で実に爽やかな天気が続いている。特に、朝は少し肌寒いところがいい。昼間でさえ木陰の風は爽やかで、寝る前も少し窓を開ければ、涼しい眠りにつける。あと1週間はこのような天気を楽しめるのか。

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2009年5月31日 (日)

派遣村名誉村長の話

 年越し派遣村名誉村長の宇都宮健児弁護士(62)のお話を聞きました。30年前からクレサラ問題を取り組み、2年前から反貧困ネットワークの取り組みを始めたということ。

 年越し派遣村に入村した派遣切りにあって住まいをなくし入村した505人を1700人のボランティアが支えたということ。505人のうち300人が生活保護の申請を行って生活の再建をめざしていること。100人から200人の間を予想していたところ500人を越え、行政を大きく動かしたドラマでした。財界のリーダーを努める会社が行っている非情さ、いきなり生活保護でしか救えない社会保障の貧困さが浮かび上がりました。

 特に、印象に残ったのは、「関係の貧困」という捕らえ方。正規労働から首を切られ、8年の派遣労働で少しも明日が見えない。派遣きりで、帰る家も家族も友人もない。自殺を決めてさまよい自殺防止の看板を見て相談。生活保護から生活再建を果たそうとする彼には、いっこうに明るさが見えない。そんな彼が人間らしさを取り戻したのは、生活相談活動の仲間と一緒に同じような境遇の人たちの相談活動をとりくみながら作り上げた人間関係だったという話をしているとき、宇都宮弁護士が一瞬絶句したときです。

 「ただ生活保護で生活の建めざすことが人間回復ではなく、人間と人間の関係で人間を取り戻していくネットワークが必要」と訴えました。もちろん、ワーキングプアの克服、社会保障の充実とあわせてですが。

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