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2010年5月24日 (月)

国鉄闘争と争議団

 国鉄闘争が大詰めを迎えている。
 1986年の国鉄分割・民営に端を発し、1997年2月16日にはJR採用が所属組合によって振り分けられ、1990年3月31日に2度目の解雇が1047人に通告された闘いは、2010年4月9日の「政府の解決案」受け入れを確認して全面解決に向かっている。
 調度この闘いは、1989年11月21日に結成される2つの労働組合ナショナルセンターへの再編とリンクしており、1983年から地方で関わった当事者として感慨深い。
 1990年4月に開かれた全労連第2回臨時大会は、この国鉄闘争を議題として開かれた。全労連は国鉄闘争を「日本労働運動再生の環」と位置付ける決定を行った。あれから20年経過したが、紆余曲折がありながらよく闘いを継続できたものだという思いが強い。
 ナショナルセンターをめざす運動の中で、いくつもの全国争議団のメンバーとかかってきた。沖電気争議団、日産厚木争議団、リーダースダイジェスト争議団、池貝鉄工争議団、東京電力争議団、武田薬品争議団、日立争議団連絡会など。四国では住友新居浜争議団、徳島船井・池田船井争議団などである。これらの争議団の特徴は、企業の中の労働組合が不当な権利侵害から労働者を守らない中で、裁判闘争を中心に争議をおこし、全国的に支援を広げていく闘い方である。印象に残るのは、日産と池貝のたたかい。年に2回全国的な支援要請のため、署名・カンパ・物品販売での生活支援を訴えながら、山場の全国統一行動で、全国一斉早朝宣伝に始まり、販売会社や背景銀行や資本の会社への要請行動をおこなうのである。日産自動車の販売店をまわったり、日本興行銀行の支店を要請訪問したことが記憶に残る。
 争議団の方とよく飲みながらお話も聞かせてもらった。すごいには、この人たちの考えているスケールに大きさは、争議に勝つためには労働運動全体が社会に大きな影響を及ぼすまでやらなくては勝てないと本気で思っていることでした。一つの争議団が、企業外の労働組合を動かし、「日産デー」や「池貝デー」全国的な統一行動が実施できるところまでやるということなのです。同時に、「早く争議を終わらして、普通の家族との暮らしがしたい」と人間的な面を見たことでした。
 その後、闘いは国労闘争団、全動労争議団に受け継がれ、私も全動労争議団の方々と随分長いお付き合いをさせてもらいました。高知にもオルグで訪れた北海道の2人を「しんぶん赤旗」の「JR採用差別 誇りあるたたかい」の連載の写真でお見受けしました。お二人とも61歳、60歳とありましたから40歳の頃のことだったんですね。

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